バルセロナといえば、サグラダ・ファミリアやカサ・ミラなど、独創的な建築が数多く残る街です。
実際に訪れたときも、ガウディの建築の美しさや、街全体に広がるヨーロッパらしい雰囲気が印象に残りました。
でも、実はバルセロナには、有名な建物だけでなく、普段歩いている道路にも面白い特徴があります。
それが、交差点の形です。
街を歩いていると、建物の角が直角ではなく、斜めに切り落とされている場所が数多くあります。
普通の街区なら四角形になるはずなのに、バルセロナでは角を削った八角形のような形になっているのです。

しかも、これは偶然できた形ではありません。
実は、約160年以上前に考案された、人々の暮らしを快適にするための都市計画によるものなのです。
交差点を広くするために、建物の角を削った
この独特な街並みが広がっているのは、バルセロナの「アシャンプラ(Eixample)」と呼ばれる地区です。
アシャンプラとは、カタルーニャ語で「拡張」を意味する言葉。
19世紀半ば、人口の増加によって城壁の内側が過密になっていたバルセロナでは、城壁を取り壊し、街を外側へ広げる計画が進められました。
そこで1859年に都市拡張計画を考案したのが、技師・都市計画家のイルデフォンソ・セルダです。
セルダは、道路を格子状に配置し、整然とした街区をつくることを構想しました。
ただし、単純に四角い街区を並べたわけではありません。
街区の四隅を45度の角度で切り落とし、交差点に広い空間が生まれるよう設計したのです。
では、なぜわざわざ角を削ったのでしょうか。
大きな理由の一つが、交通のしやすさです。
街区の角が直角のままだと、交差点の空間が狭くなり、曲がる際にも余裕がありません。
一方、四隅を斜めに削ると、交差点の周囲に広い空間が生まれます。
これによって車両が曲がりやすくなり、交差点の見通しもよくなります。
さらに面白いのは、この計画が考えられた19世紀半ばには、現在のような自動車交通がまだ普及していなかったことです。
当時は馬車などが街を行き交っていましたが、セルダは将来の交通手段の発展も視野に入れ、広い道路と交差点を設計していました。
現在では自動車が当たり前に走っていますが、その道路の基本的な形は、160年以上前の構想にさかのぼるのです。
実は、街全体を暮らしやすくするための計画だった
セルダが考えていたのは、交通のしやすさだけではありません。
当時のバルセロナでは、人口の増加によって住宅が密集し、日当たりや風通し、衛生環境の悪化が問題になっていました。
そこでセルダは、広い道路や街区の内側の庭などを取り入れ、人々が健康的に暮らせる街をつくろうとしました。
道路を広くすれば、建物の間に光や風が入りやすくなります。
また、当初の計画では、街区の内側に庭を設け、住民が緑に触れられる空間を確保することも考えられていました。
つまり、あの規則正しく並ぶ街区には、交通だけでなく、日当たりや風通し、生活環境への配慮まで込められていたのです。
ただし、現在のアシャンプラが、当初の計画をそのまま実現したわけではありません。
都市の発展とともに建物は高くなり、街区の内側にも建築物が増えたため、セルダが思い描いた緑豊かな街の構想は十分には実現しませんでした。
それでも、格子状の道路と角を斜めに削った街区の形は、現在のバルセロナに受け継がれています。
ガウディの建築だけではない、バルセロナの面白さ
バルセロナを訪れると、どうしてもサグラダ・ファミリアやカサ・ミラといった有名な建築に目が向きます。
でも、そうした建物の間を移動する道路にも、実は都市計画の歴史が残っています。
建物の角が斜めになっているのは、単におしゃれなデザインだからではありません。
そこには、交通をスムーズにし、人々がより快適に暮らせる街をつくろうとした、19世紀の都市計画家の思想が込められているのです。
しかも、この特徴は一つの建物だけのものではありません。
アシャンプラの街並みを地図や航空写真で眺めると、角が斜めに削られた街区が規則正しく並んでいる様子が分かります。
地上では何気ない交差点に見えても、街全体を眺めると、壮大な計画の一部だったことに気づかされます。
ガウディの建築は、独創的な曲線や装飾によって人々を魅了します。
一方、セルダの都市計画は、普段の生活を支える道路や街区の形に、その工夫が隠されています。
バルセロナは、一つひとつの建物だけでなく、街そのものまで設計された都市だったのです。
次にバルセロナを訪れるときは、有名な建築を見上げるだけでなく、何気なく通り過ぎていた交差点にも目を向けてみたいと思います。
サグラダ・ファミリアやカサ・ミラなどを巡った日のことは、バルセロナの旅行記に書いています。







