バルセロナを訪れたとき、サグラダ・ファミリアの入場予約をしていなかったため、建物の中には入れませんでした。
それでも、巨大な塔と無数の彫刻が織りなす外観に圧倒され、気づけば1時間ほど眺めていました。
近くで見ると、遠くからでは分からなかった細かな装飾が至るところにあります。人物や動物、植物まで、まるで建物全体が一つの彫刻作品のようでした。
ところが、建物の反対側へ回ると、雰囲気が大きく変わります。
片方には、生命にあふれた柔らかな彫刻。もう片方には、角張った人物像や、骨を思わせる鋭い柱が並んでいます。
同じ教会なのに、どうしてこれほど違うのでしょうか。
実は、この違いには、設計者アントニ・ガウディが込めた明確な意図があります。
サグラダ・ファミリアの外壁は、単なる装飾ではなく、イエス・キリストの生涯を伝えるためにつくられているのです。
生誕のファサード|生命の誕生と喜びを表す
サグラダ・ファミリアの東側にあるのが、「生誕のファサード」です。
ファサードとは、建物の正面となる外観のこと。サグラダ・ファミリアには、それぞれ異なる物語を持つ三つの大きなファサードが設計されています。
その一つである生誕のファサードは、イエスの誕生と幼少期をテーマにしています。
中央には、生まれたばかりのイエスと、母マリア、父ヨセフの姿。その周囲には、羊飼いや天使、動物たちが彫られています。
さらに目を凝らすと、花や木々、鳥など、実に多くの生き物が見つかります。
これらは単に建物を華やかにするための飾りではありません。
ガウディは、イエスの誕生を、自然界のあらゆる生命が祝福する出来事として表現しようとしたのです。
サグラダ・ファミリアの公式資料によると、ガウディは彫刻をできるだけ生き生きとしたものにするため、実際の人間や動物をモデルにして型をつくることもあったそうです。
あの複雑な彫刻の一つひとつに、生命の豊かさを表現しようとするこだわりがあったわけです。
そして、もう一つ興味深いのが、建物の向きです。
生誕のファサードは、朝日が昇る東を向いています。
暗闇を終わらせ、新しい一日が始まる朝。その光を浴びる方角に、イエスの誕生を表す彫刻が並んでいるのです。
つまり、彫刻だけでなく、差し込む太陽の光までもが「生命の始まり」を表現する一部になっています。

サグラダ・ファミリアの生誕のファサード。
受難のファサード|苦しみと死を表す、もう一つの顔
一方、西側にある「受難のファサード」は、まったく異なる雰囲気を持っています。
生誕のファサードにあった豊かな装飾や柔らかな曲線とは対照的に、こちらには直線的で角張った彫刻が並びます。
表現されているのは、イエスが捕らえられ、十字架にかけられるまでの苦しみ、そして死と復活の物語です。
ここには「最後の晩餐」や、弟子ユダによる裏切り、十字架を背負うイエスなど、聖書に登場する場面が刻まれています。
しかも、これらの彫刻は、下から上へS字を描くように物語が進む構成になっています。
彫刻を順番にたどることで、イエスの最後の日々を追体験できるようになっているのです。
そして、この厳しい造形も偶然ではありません。
ガウディは受難のファサードについて、骨でできているかのような、厳しく残酷な印象を与えるものにしたいと考えていました。
生誕のファサードが生命の喜びを伝える場所なら、受難のファサードは、人々に苦しみや犠牲を感じさせる場所。
そのため、あえて装飾を抑え、鋭い線や深い陰影によって、重苦しい雰囲気をつくろうとしたのです。
現在見られる角張った人物彫刻の多くは、ガウディの死後、彫刻家ジョゼップ・マリア・スビラックスによって制作されました。
表現方法にはスビラックス自身の芸術性も反映されていますが、生誕と受難でまったく異なる印象を与えるという大きな構想は、ガウディが残したものです。

サグラダ・ファミリアの受難のファサード。彫刻にはそれぞれ異なる物語が込められている。
東に誕生、西に死。太陽の動きにも意味がある
ここまで知ると、二つのファサードが東西に配置されていることにも意味があると分かります。
生誕のファサードは、太陽が昇る東側。
受難のファサードは、太陽が沈む西側。
一日の始まりと終わりを、イエスの誕生と死に重ねているのです。
この対比は、建物の内部にもつながっています。
生誕側のステンドグラスには朝の光に合う青系の寒色、受難側には夕日を思わせる赤やオレンジ系の暖色が使われています。
ガウディは、建築の形だけでなく、自然光の変化まで利用して、キリストの生涯を表現しようとしたのです。
そう考えると、生誕と受難のファサードは、単に二つの異なる外観というわけではありません。
生命が誕生する喜びと、死に向き合う苦しみ。
そして、受難の物語は死で終わらず、復活へと続いていきます。
サグラダ・ファミリアは、こうしたキリスト教の物語を、建物そのものによって伝えようとしているのです。
外観の意味を知ると、見える景色が変わる
サグラダ・ファミリアを訪れたときは、彫刻の細かさや建物の巨大さに、ただただ圧倒されていました。
けれど、こうした背景を知ると、あの複雑な外観にも違った見方が生まれます。
生誕のファサードに並ぶ動植物は、生命の誕生を祝福するためのもの。
受難のファサードに見られる鋭い線や重苦しい人物像は、イエスの苦しみを伝えるためのもの。
そして、それぞれの方角には、日の出と日没という意味まで込められています。
世界的に有名な建築だからこそ、その姿を見るだけでも十分に楽しめます。
でも、なぜこの形なのか、何を伝えようとしているのかを知ると、建物の見え方は大きく変わります。
あの日、入場予約をしていなかったおかげで、外観を1時間ほど眺めることになりました。
今思えば、サグラダ・ファミリアは、外から眺めるだけでも十分に物語を楽しめる建築だったのだと思います。
次に訪れるときは、彫刻の意味を一つずつ確かめながら、もう一度ゆっくり建物の周りを歩いてみたいです。
バルセロナを訪れた日のことは、バルセロナの旅行記に書いています。

訪問時のサグラダ・ファミリア。今も建設が続く部分が見える。






