前日の波乱の到着から一夜明けて、この日は王道の観光と夜の街をまとめて回る日にした。
ワット・ポーのマッサージからカオサン通り、RCAまでかなり詰め込んだうえに、最後は終バスを外して深夜に歩いて帰ることになり、良くも悪くもバンコクらしい1日だった。
タイマッサージの総本山「ワット・ポー」
朝はセブンイレブンで軽く朝食(45バーツ)を済ませて、バンコク市民の足である「8バーツバス(ローカルバス)」を乗り継いでワット・ポーへ向かった。

バンコクの赤バスの乗り方。8バーツ路線を使う前に知っておくこと
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ワット・ポーといえば巨大な涅槃仏が有名だけど、実は「タイ古式マッサージの総本山」でもある。敷地内にマッサージの学校があって、本格的な施術を受けられる。
- 料金: 1時間 480バーツ
- 支払方法: クレジットカード決済可能
旅の序盤とはいえ、長時間のフライトと歩き回った疲れが、しっかり癒やされた。


ワット・ポーの見どころ。涅槃仏と境内の歩きやすさが強い寺院
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ワット・ポーでタイ古式マッサージを受けるなら。待ち時間と料金の目安
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マッサージのあとは、近くの屋台で鶏と豚の焼き鳥を1本10バーツで購入。こういう安くて美味しいローカルフードがそのへんで買えるのが、タイの魅力だ。
別行動してた友人を待つ間、近くのカフェで一休み。アイスアメリカーノが100バーツ、ホットチョコレートとチュロスが120バーツと、バンコクのカフェ事情は日本とそんなに変わらない価格帯になってきてる。
バックパッカーの聖地「カオサン通り」
友人と合流したあとは、世界中のバックパッカーが集まる「カオサン通り」へ。
通りを散策しながら、夜ご飯に定番の「マンゴーライス」(60バーツ)とタイのビール「Leo」(100バーツ)を楽しんだ。甘いもち米とマンゴーの組み合わせは、最初は抵抗があるかもしれないけど、慣れると癖になる美味しさだ。
タイ旅行の定番アイテム「タイパンツ」もここで調達。最初は200バーツと言われたけど、交渉して100バーツまで値切った。カオサン周辺のタイパンツの相場はだいたい100バーツなので、言い値で買わずに、笑顔で交渉してみよう。

バンコク随一の夜の街「RCA」へ
夜は、バンコクで最も有名なクラブが立ち並ぶエリア「RCA」にある「Route66」というクラブへ繰り出した。カオサン通りの近くから、再びローカルバスに乗り込む。入場料は以下の通り。
- 入場料: 100バーツ
- ドリンクチケット: 200バーツ
- 合計: 300バーツ(ワンドリンク込み)
現地の若者や観光客で熱気にあふれてて、バンコクの圧倒的なエネルギーを感じられた。

終バスの罠と、深夜の徒歩帰宅
夜11時半ごろ、終バスに乗るためにクラブを出てバス停へ向かった。けど、ここからが悲劇の始まりだった。
待てど暮らせどバスが来ない。結局バスが来たのは深夜0時半。しかもなぜか運賃が「9バーツ75サタン」という謎の金額になってた(おそらく深夜料金)。さらに不運なことに、途中の道路工事の影響でバスのルートが突然変更に。急遽別のバスを調べて、乗り換えのために近くのバス停で降りる。ところが、乗り換える予定だった次のバスが全く来ない。30分以上待って諦め、別のバスに乗るも、さらにその次のバスも来ないという悪循環に陥った。
時刻は深夜2時。ついに諦めた自分たちは、そこから1時間かけて夜のバンコクを歩いて帰ることになった。途中のセブンイレブンで水とパン(15バーツ)を買い、ホテルに着いたのは深夜3時前。

ローカルバスは安くて便利だけど、深夜帯は時刻表通りに来ない・突然ルートが変わるなどのリスクが非常に高い。夜遅い時間は素直にGrabなどの配車アプリを使うべきだと、身をもって学んだ。
楽しい日ではあったけど、「深夜帯のローカルバスは素直にGrabにしておけばよかった」と強く残った日でもあった。