前日のアブシンベル往復でかなり消耗してたので、この日は昼ごろまでゆっくり寝てた。友人は先に帰国し、自分は翌朝の便までアスワンに残る予定だったので、別のホテルへ移ってひとりで少し観光するつもりだった。
ところが、この移動で判断を外した。あとから振り返ると大きな被害が出たわけじゃないんだけど、現地で何が起きてるのか分からないまま逃げ場のない場所へ運ばれていく感覚は、この旅のなかでいちばんきつかった。
Uberが機能せず、暑さのなかで歩くしかなかった
チェックアウト後、次のホテルへ向かおうと配車アプリの「Uber」を開いたけど、一向に車が捕まらない。カイロとは違って、アスワンではUberはほとんど機能してないようだった。
気温37度という猛暑のなか、徒歩で2時間半かかるホテルへ向けて歩きながら、野良のタクシーを探すことにした。けど、タクシーも全く通らない。1時間半ほど歩き続けて疲労が限界に達したころ、ようやく1台のトゥクトゥクを捕まえられた。疲れすぎて交渉する気力もなく、言い値の「100ポンド」で乗ってしまった。
ナビと逆へ進み、そのまま川を渡らされる
トゥクトゥクに揺られてると、明らかにスマホの地図のナビとは違う、逆方向へ進んでることに気づいた。
「地元の人が知ってる抜け道だろう」と最初は気にしてなかったけど、突然よく分からない川岸で降ろされて、**「ここからボートに乗れ」**と指示されたのだ。
言われるがままに小型のモーターボートに乗せられると、着いたのはナイル川に浮かぶ「セリカ島」という場所だった。ここは「ヌビア人(Nubian)」と呼ばれる、エジプトの先住民が住む島だったのだ。
焦って「ここに行きたいんじゃない、予約してるホテルに行きたいんだ」と必死に伝えるけど、ボートの操縦士は「大丈夫、連れて行ってやるから」と聞く耳を持たない。さらに今度は、手漕ぎの小さなボートに乗り換えさせられて、隣の島へと漕ぎ出した。
川のど真ん中。言葉も通じず、周囲は水に囲まれてて完全に逃げ場がない。「このまま身ぐるみ剥がされるんじゃないか」という恐怖で頭がいっぱいになって、「頼むから元いた場所に戻してくれ」と何度も懇願した。
何度もお願いして、なんとか元の岸に戻してもらえた。けど、しっかりボート代として合計150ポンドを要求された。
警備員に助けられてホテルへ、そのまま外に出られなくなった
岸に戻ったあと、もう誰も信用できなくなった自分は、自力で歩いてホテルへ向かおうとした。けど、川にかかる橋の手前に軍の警備員が立ってて、「この橋は長いから歩いて渡らないほうがいい、車を手配しろ」と止められた。警備員が通りかかったトゥクトゥクを止めてくれて、それに乗ってなんとか目的地のホテル周辺へ。
でも、このトゥクトゥクの運転手も、到着するなり「300ポンド」という法外な金額を要求してきた。恐怖と疲労でボロボロだったけど必死に値切って、なんとか200ポンドを払って解放された。
あとから見えてきたこと
どうやら、アスワンのナイル川西側エリアはヌビア人たちの居住区で、彼らなりの観光ルート(島巡り)に勝手に連れ込まれてしまっただけのようだった。もしかしたら彼らに悪気はなく、「信じてついて行けばいい人たち」だったのかもしれない。
ただ、言葉が通じない異国の地で、逃げ場のない島に閉じ込められて全く違う方向へ連れて行かれる恐怖は、トラウマレベルだった。
ホテルにチェックインすると、スタッフはとても温かく迎えてくれたけど、自分はもう外に出るのがすっかり怖くなってしまった。その日は近くのスーパーで水と食料だけを買って、翌朝までホテルの部屋に引きこもってた。
翌朝のアスワン空港までの移動も、野良タクシーを拾う勇気は残ってなくて、ホテルのフロントに確実なタクシーを手配してもらった(安心料として600ポンド/約12ドルかかったけど、全く惜しくなかった)。
エジプトの最後にかなり重い出来事を食らったけど、翌朝はもう出国だ。次はアスワンからカイロを経て、ようやくギリシャのアテネへ向かう。
